野々川の昔の人は事業をいろいろされたそうです。そのなかで野々川には店が少なく、店まで遠かったことから野々川に店を作ろうということで‘作った場所がちょうど私の家の所です。
 うちのところに共同利用販売組合を作り、たばこや砂糖、油、あるいは石鹸などを売ったそうです。
共同利用販売組合があった所
 それから今 度はお金の信用貸し借りまで初め、それが信用販売組合にまで成長し、上波佐見農会といって農協の前進にまでつながったそうです。その後、販売組合は解散しましたが、大正時代に1 4~1 5年間は続いたそうです。 

 信用利用組合として生活資材の販売と信用事業を始めたことは、波佐見町では野々川が一番最初です。このようなことは浦野富太郎さんなど機敏に動くことができる人たちがおられたことが大きいと思われます。
 また共同利用組合ということでひとつの共同精神を培って伸びたということが、道作りなど無理を殺してでもやり遂げたことにつながっている のです。 

 今度は富永広ニさんの家の所は、昭和24年に佐 女木さんの農地を買い、材木を全部出し合って共 同精米所を作った所です。そして中村熊夫さんとか井川春美さん達が精米をしておられました。それは昭和30年代まであったのではないでしようか。
共同精米所があった所
 また、消防についても先達のおかげで、地蔵堂の横に消防組合がありました。これも波佐見の最初の消防団と思われます。
 野々川は波佐見の山の中にいながら、最初に何でも手がけたところはめずらしいところです。


平成14年の野沢義典さんの話をもとに構成
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